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2019.06.18LIDET

恒例の鈴木健氏による大会見所
6.26 POWER HALL 2019
⑥目の前に訪れるすべてが名シーン
令和の時代に長州力を語り継ぐ義務

第6試合=メインイベント:THE FINAL RHAPSODY
長州力&越中詩郎&石井智宏vs藤波辰爾&武藤敬司&真壁刀義


1998年1月4日に東京ドームで引退試合をおこなっていることから、長州は今回のラストマッチをそう表現していない。だからインタビュー中にその二文字が出されると「引退じゃないですよ」と釘を刺してきた。バックステージでは「靴(リングシューズ)を脱ぐ」と宣言し、取材時にはリングを降りるというシンプルな言い回しをしてきた。これで最後というよりも、どちらかというとデビューから数えて何千何試合目に臨み、それを無事に終わらせる感覚に近いのかもしれない。

一試合もカードが発表されていない時点でチケットは完売し、そのため全国27ヵ所でライブビューイングも実施される。大会場におけるビッグマッチ以外でこうした試みがおこなわれること自体異例であり、長州力の存在そのものがアリーナクラスを超えている証明でもある。

11年前の引退試合はシングルマッチ5人掛け(藤田和之、吉江豊、高岩竜一、獣神サンダー・ライガーに勝ち、4人目の飯塚高史に敗北)という形だったが、今回も長州はシングルマッチを選ばず自身との関係性が強い5人に囲まれる6人タッグ戦を望んだ。それぞれのつながりを把握した上で観戦すれば、目の前に訪れる場面のすべてが名シーンとなる。

長州がラストマッチの相手として誰よりも先に名をあげたのは藤波。言うまでもなく、80年代に革命戦士としてブレイクしたのは、その存在がライバルとしてあったからだ。WWWF(現WWE)でジュニアヘビー級のベルトを奪取し凱旋したドラゴンは、スター街道をバク進。一方の長州は鳴り物入りでレスリング界から新日本プロレスへ入門してきたにもかかわらず、長きに渡り中堅クラスから脱却できずにいた。

だがメキシコ遠征で、帝王として君臨していたエル・カネックからUWA世界ヘビー級王座(かつてはアントニオ猪木も巻いたベルト)を奪取し自信をつけ帰国。ジュニアからヘビー級に転向し、WWFインターナショナルヘビー級王者として着実に猪木の後継者への道を歩んでいた藤波にケンカを売る。世にいう「咬ませ犬」の反乱だった。

2人のライバル闘争は、この国のプロレスシーンを変えた。力道山時代から受け継がれてきた「日本人が体の大きな外国人を倒す」というフォルムを形骸化させ、日本人対決をメインストリームにもたらせたのだ。その中で2人は何度となく対戦。一時はジャパンプロレスを設立し全日本プロレスへ闘いの場を求めた長州だが、2年後には「カムバックサーモン」(古館伊知郎)となり新日本へ復帰、ライバル対決が再開する。

キャリアを重ね、2000年代も10年が経過したところで“レジェンド”枠として2人の闘いは求められるようになる。LEGEND THE PRO-WRESTLINGの興行では2011年に4度シングルマッチが実現し、藤波の3勝1敗に。2013年7月14日、博多の一騎打ちは長州の勝利。そして2016年1月16日にはアイドルとのコラボイベントという意外なシチュエーションで名勝負数え唄が初めて日本武道館にて奏でられた。最後の一騎打ちは長州がリキラリアットで藤波を押さえている。

11年前に引退した時は、同じリングに飛龍の姿はなかった。その翌年、藤波は新日本の社長に就任し、1年後には長州も復帰したが2003年にWJプロレスを旗揚げ。藤波も2006年に新日本を退社する。お互い立場が変わったことでテレビ番組や公の場でにこやかに話すことも珍しくなくなったが、ひとたびリングへ上がれば80年代をほうふつさせる闘いを繰り広げ、また組めばあの時代の空気感を再現する。この数年はそういう関係を続けてきたが、いよいよ名勝負数え唄のエンディングを聴く日がやってくる。

その藤波のパートナーである武藤敬司は昨年3月に両ヒザの人工関節手術を受け、これが国内復帰戦となる。すでにグレート・ムタとしてはアメリカマットに出没し試合をおこなっており、4月には新日本のマジソンスクエアガーデン初進出でもバトルロイヤルにサプライズ登場し、現地のオーディエンスを熱狂させた。

武藤ら闘魂三銃士が入門した直後に、長州率いるジャパンプロレス勢は新日本から離脱。87年にUターンした頃もまだ若手とスター選手というれっきとした違いがあった。90年に橋本真也、蝶野正洋と揃い踏みし、第1回G1クライマックスで3人が上位を占める(蝶野が優勝)実績をあげ新時代の旗手として躍り出たあとも、長州と藤波はここぞという時に壁となり続けた。

勝ったからといって、そこで“超えた”とならないのがプロレスの難しいところ。三銃士も何度となくその現実に辛酸を舐めさせられ、やがて武藤と蝶野はnWo JAPANとして独自のムーブメントを起こすことで別の価値観を築き、また橋本は確執が生じるほどまでに深く長州とやり合った。

武藤が新日本を離れライバル団体である全日本の社長へ就任した頃には、長州もまったく別の道を進んでいた。だからあと腐れなく冬の風物詩である「世界最強タッグ決定リーグ戦」にエントリーされることもあった(2009年。パートナーは征矢学)
。昔のままに「ケイジ」と呼びつつ、長州は経営者となった武藤との円滑な関係を築いた。

現在はWRESTLE-1の会長を務めるとともに、プロレス界の達人を集結させたイベント「プロレスリングマスターズ」をプロデュースする武藤。同じくレジェンドの価値が求められるPOWER HALLのリングで国内復帰するあたりは、さすがの嗅覚と言っていい。この日はチームを組む藤波とドラゴンスクリュー→足4の字固めの競演を披露するか。そして、人工関節を入れたため封印したムーンサルト・プレスに替わる、代名詞的な必殺技は見られるか。

もう一人は長州の付き人を務めたバリバリの直系である真壁が加わる。相手コーナーに立つ石井ともども新日本の選手が他団体のリングへ立つのは極めて限られており、それだけでもこの試合が業界規模のものであることがわかる。週刊プロレスの短期連載「私的革命戦士論」でも若手時代のエピソードを語っていたが、その中で「ドームでの引退試合の相手に選ばれなかったのは悔しかった」と明かした。

当時の真壁はデビューしてわずか8ヵ月。なんの実績もないヤングライオンでは無理な願いだが、それほど自分へ多大なる影響を与えた存在と肌を合わせてみたかった。復帰後にパートナーへ抜てきされIWGPタッグに挑戦したり、本名の真壁伸也から刀義に変わってからは何度となく対戦したりもした。

“暴走キングコング”となり新日本で確固たる地位を築くとインタビュー等で「リキちゃんマン」などと呼びつつも、そうした言い回しの裏には自分にプロレスラーとしての初心を叩き込んだ長州への変わらぬ思いが垣間見られた。2015年の1・4東京ドームで石井とNEVER無差別級王座を懸けて闘ったあと、真壁は以下のようにコメントしている。

「俺の若かりし頃の師匠は長州力だよ。そして石井の師匠も長州力だった。長州力だからこそ見せられる試合があるだろ。そういう試合を俺と石井が見せた気がするんじゃねえの? いろんなスタイルのプロレスがあっていいと思う。ただ、新日本のプロレス、この流れは消えやしねえよ」

長州がリキプロ所属として新日本へ参戦し真壁と対戦していた頃、その傍らには石井の姿があった。両者のぶつかり合いは闘いの幅が広がった現在の新日本において、昔ながらの武骨で男臭い試合として観客の心を揺さぶるものがある。今回も、真壁の眼前には長州と石井が並んでいるのだ。

おそらく闘う者同士でありながら真壁と石井は共通の意識を持って、長州がコーナーから見つめる中でぶつかり合うに違いない。自分が現役を退いたあとのプロレス界に望むものは何もないと語る長州だが、その遺伝子を継ぐ男が確かにいるという事実を受け止めてほしい。

天龍源一郎率いるWARでプロデビュー後、インディー団体を流浪する中、長州のトレーニングパートナーに任命されたことでプロレス人生が変わった石井。それまでのキャリアで培ってきたものがまったく通用せぬ高いハードルを強いられ、長州イズムを学んだ。今でも伝説として語り継がれるWJ旗揚げ戦第1試合の宇和野貴史との壮絶なる試合で見せた姿勢こそが、生き馬の目を抜くような現在の新日本でも存在感を発揮し続ける石井の原点。

POWER HALLを開催する中で長州は、今のプロレス界を担う選手たちと同じリングへ上がった。ただ、そこでことさら意見を言うようなことはしなかった。「これは、言うと押しつけになるから僕は言わないだけで、もうちょっと考えてやればいいひきだしができるんじゃないかなと思う選手は数人いました。でもそれは、言うのもおこがましい」との思いがあったからだ。

そうした中、今について語るにあたりその例として名があがるのはいつでも石井。やはりずっと見てきた弟子であり、長州の中にあるプロレス観を誰よりも体現しているからだろう。2015年11月15日、天龍源一郎引退興行にて長州と石井は約4年ぶりにタッグを組んだ。その時、2人の間で交わされたさりげないシーンがじつに興味深かった。相手を連れて自コーナーへ戻ってきた長州が振り向くことなく右手を後ろへ伸ばすと、絶妙な位置に石井が立っており阿吽の呼吸でタッチを成立させたのだ。

数え切れぬほどのプロレスラーとタッチを交わしてきた長州だが、石井とのそれは独特の間合いを生じさせる。言葉を交わさずとも、長州のやろうとしていること、望んでいる動き、そして考えを瞬時に理解できなければ、あの呼吸にはなるまい。だからこの試合でも、そうした細かい瞬間の空気感を見逃さずにいただきたい。

真壁や石井と違い、闘うことで長州力のなんたるかを体へ刻んできたのが越中だ。平成維震軍として新日本本隊と真っ向からぶつかり合い、それまでジュニアだった越中はヘビー級においても確固たるポジションを確立。また、長州が現場監督としてらつ腕を振るうようになってからはそのサポート役も担った。

ファンが見ていないところでの苦労を間近から目撃してきた事実は重要。それは越中しか知り得ぬ長州となる。ラストマッチでパートナーを務める意義の大きさも理解できるはず。また、相手チームに藤波がいることでドラゴンボンバーズ対決も含有され、真壁とはGBH対決になる。

6人の中で紡がれてきたそれぞれの背景をすべて再現するには、いくら時間があっても足りるはずがない。その中で長州が最後にプロレス界へ刻むのは、どんなシーンとなるのか。後楽園ホールで、サムライTVの生中継で、さらにはパブリックビューイングの会場で45年にわたる大河ドラマのフィナーレを目撃するあなたには、令和の時代に長州力を語り継ぐ義務がある――。

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